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東京地方裁判所 昭和38年(レ)530号 判決 1966年11月25日

控訴人 小谷津正年

右訴訟代理人弁護士 景山収

被控訴人 青木キン

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 関田金作

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの本訴請求を棄却する。

被控訴人らは各自控訴人に対し金一、二六〇、〇五〇円を支払え。

訴訟費用は第一、第二審を通じ被控訴人らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の本訴における申立

一、控訴代理人は、主文第一、二項および第四項と同旨の判決を求めた。

二、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第二、控訴人の民事訴訟法第一九八条第二項に基ずく申立

一、控訴代理人は、原判決の仮執行により控訴人の受けた損害の賠償として「被控訴人らは控訴人に対し金一、二六〇、〇五〇円を支払え。」との判決を求めた。

二、被控訴代理人は右申立棄却の判決を求めた。

第三、当事者双方の本訴における主張

一、被控訴代理人は本訴の請求原因として次のとおり述べた。

1、被控訴人青木キンの夫であり、その余の被控訴人らの祖父にあたる青木元治郎は、昭和三一年一月控訴人に対し、東京都杉並区井荻二丁目一〇三番地所在の木造瓦葺二階建一棟(床面積三二坪五合)の所有家屋(以下旧家屋という)のうち、道路から向って右側階下の六畳間、四畳間および土間を、賃料一ヵ月金一、二〇〇円毎月末払の約束で賃貸した。

2、しかるところ、控訴人は昭和三五年三月二六日旧家屋の正面に九尺、側面に六尺の窓をつけ、背後に約二坪の台所を増築する工事に着手し、同月三〇日右増改築を完成した。そこで、右元治郎は同年四月五日控訴人到達の郵便で、右到達後五日以内に増改築部分を取壊して原状に回復するよう催告するとともに、不履行を条件として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。しかるに控訴人は右期間内に原状回復をなさなかったので、右契約は同年四月一〇日限り解除された。

3、右増改築の結果、控訴人の賃借部分は建坪九坪五合八勺(以下本件家屋という)となり、控訴人はこれの占有を続けていたところ、昭和三六年一〇月二五日、右元治郎は死亡し、相続人である被控訴人らが本件家屋の所有者たる同人の地位を承継した。

4、仮に右2の契約解除の意思表示が無効であって、被控訴人らと控訴人との間に賃貸借契約が承継されたとしても、控訴人は旧家屋を居住用に賃借しながら、いつの間にか六畳間、四畳間および附属押入一坪二合五勺をつぶして全部板の間に改造し、珠算塾の教室として使用していることが判明したので、被控訴人らは、予備的に、昭和三八年二月五日の原審口頭弁論期日において、控訴人に対し右賃貸借契約で定められた用法違反の使用を理由として賃貸借契約解除の意思表示をなしたから、右契約は同日限り解除された。

5、よって、被控訴人らは控訴人に対し、賃貸借終了による原状回復請求権に基ずき、本件建物の明渡ならびに昭和三五年四月一一日以降右明渡済みまで一ヵ月金一、二〇〇円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める。

二、控訴代理人は、答弁ならびに抗弁として次のとおり述べた。

1、請求原因事実中1の事実は家屋の構造および賃借範囲の点を除いてその余の事実を認める。同2ないし4の事実は、いずれも認めるが解除の意思表示の効果は争う。

2、旧家屋の構造は一棟二戸建であって、控訴人の賃借範囲は道路から向って右側の一戸階下約九坪五合(西側廊下、台所、便所約二坪を含む)であった。もともと、控訴人は旧家屋全部の賃借人であった小川延寿から右の部分を転借していたが、元治郎と控訴人との間に直接賃貸借契約がなされて間もなく、元治郎は左側一戸を取壊し、その際控訴人の賃借範囲内にある西側廊下、台所、便所約二坪をも撤去したものである。控訴人は、居住の必要上やむをえず請求原因2にいう増改築工事によって、これが復旧をはかったものにすぎない。

3、請求原因2の増改築工事については控訴人は昭和三五年二月頃、元治郎の承諾を得ていたものである。

4、また、同4の珠算塾の開業については、元治郎及び被控訴人キンの明示もしくは黙示の承諾を得ていたものであり珠算塾の開業にともない(また、既にそれ以前から畳が老朽化して使用に耐えなくなっていた事情もあるため)六畳および四畳を板敷とすることその他若干の造作をすることについても同様の承諾を得ていたものである。

三、被控訴代理人は、前項3、4の抗弁事実はすべて否認すると述べた。

第四、控訴人の民事訴訟法第一九八条第二項に基ずく申立およびこれに対する被控訴人らの答弁

一、控訴代理人は右申立の原因として次のとおり述べた。

1、被控訴人らは中野簡易裁判所昭和三五年(ハ)第一四五号家屋明渡請求事件の判決による仮執行の宣言に基ずき、昭和三八年九月一四日本件家屋明渡の仮執行をなしたうえ、ひき続いて右家屋を取毀した。

2、ところで、原判決が当審において取消された場合に被控訴人らは控訴人に対し右執行により控訴人が蒙った損害の賠償をなすべき義務あることは民事訴訟法第一九八条第二項の明定するところであるが、控訴人が前記仮執行により受けた損害は次のとおりである。

(1) 控訴人は、本件家屋明渡後新たに珠算塾開設のため、昭和三八年九月一六日、杉並区井荻二の三二番地、木造モルタル塗店舗五坪を賃借し、その際権利金一〇〇、〇〇〇円ならびに同日以降昭和三九年六月末日迄の賃料金一四二、五〇〇円の合計金二四二、五〇〇円をそれぞれ支払った。

(2) 控訴人は、昭和三八年九月一六日、中野区東郷町九番地緑荘アパート六畳一室を賃借し、その際権利金三〇、〇〇〇円ならびに同日以降昭和三九年六月末日迄の賃料金七六、〇〇〇円の合計金一〇六、〇〇〇円をそれぞれ支払った。

(3) 控訴人は右引趣に際し、昭和三八年九月一六日、控訴人の家財道具の運搬料として金五、〇〇〇円を支払った。

(4) 控訴人は右家財道具を四ヵ所に分散して、同日以降昭和三九年六月末日迄、他にこれを寄託し、その謝礼金として合計金一九、〇〇〇円を支払った。

(5) 控訴人が従来本件家屋において開設していた珠算塾の生徒のうち、新しい塾では通学の便が悪いなどの理由でやめてゆく者が続出したが、これにより控訴人は昭和三八年一〇月より昭和四〇年六月までの間に少くとも金九三六、九五〇円の得べかりし営業利営を喪失した。

(6) ところで控訴人は昭和三五年四月一一日から同三八年九月一四日まで、本件家屋に居住したが、その間月額金一、二〇〇円の割合による賃料を支払わなかったので、被控訴人らに対し、合計金四九、四〇〇円の賃料債務を負っている。

よって、控訴人は被控訴人ら各自に対し、前記仮執行によって受けた損害賠償として、右(1)ないし(5)の合計金額より(6)の金額を控除した金一、二六〇、〇五〇円の支払いを求める。

二、被控訴代理人は右に対する答弁ならびに仮定抗弁として次のとおり述べた。

1、被控訴人らが原判決に基づき、控訴人主張の日に、家屋明渡の仮執行をなしたこと及びその後本件家屋を取毀したことは認める。その余の事実は知らない。

2、控訴人は原審判決に留意すれば仮執行の宣言に基ずき被控訴人らから執行を受けるかも知れないことは容易に予想しえたところであり、かかる場合は執行停止の措置をとるべきであったのにこれを怠って執行を受けたのであるから、この点控訴人に過失がある。よって予備的に過失相殺を主張する。

三、控訴代理人は右の過失相殺の仮定抗弁事実については争うと述べた。

第五、証拠関係≪省略≫

理由

一、被控訴人キンの夫であり、その余被控訴人らの祖父にあたる青木元治郎が、昭和三一年一月控訴人に対し、旧家屋の一部分を賃料一ヵ月金一、二〇〇円、毎月末払の約束で賃貸したこと、控訴人が昭和三五年三月二六日から同月三〇日までの間に被控訴人ら主張のとおり窓および台所の増改築工事をなし、被控訴人らがこれを理由として控訴人に対し本件賃貸借契約を解除する意思表示をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、右契約解除の意思表示の有効性について判断することとするが、これに先だち旧家屋の構造および控訴人賃借範囲について争いがあるのでまずこの点につき判断すると≪証拠省略≫を綜合すれば、昭和三一年一月以前、控訴人は小川延寿から旧家屋の道路から向って右側階下六畳間、四畳間、土間を転借していたこと、およびその頃旧家屋階下の便所、台所、控訴人転借部分西側の廊下を控訴人において右小川及び他の旧家屋居住者と共同して使用していたことが認められ他にこれに反する証拠はない。

進んで右増築改築工事が本件賃貸借契約の解除原因となるか否かについて判断する。

先ず、台所の増築と側面の窓の設置について考察する。前示≪証拠省略≫によれば昭和三一年四月二〇日、中野簡易裁判所において、右小川延寿、控訴人および青木元治郎の間に成立した調停条項により、元治郎と控訴人との間に、従来控訴人が転借していた部分につき、直接賃貸借契約が締結されるに至り、その際、旧家屋の居室に付属する諸施設のうち、便所はこれを控訴人と右小川とで共同使用するべきことが明示されていながら、廊下、台所については明文をもって控訴人の賃借範囲とされてはいなかったことが認められ他にこれに反する証拠はない。しかしながら前段認定によって窺えるように転貸借当時、控訴人が右転貸借に附随して、右小川その他の居住者と共同して台所廊下を使用することによって一応円満な居宅としての体をそなえていた旧家屋の一部が、直接賃貸借関係に入ることによって右の必要付属施設たる台所、廊下の使用を含まぬこととなり、よって控訴人の居住を事実上不可能もしくは著しく困難ならしめる結果となることは、賃貸借契約の両当事者にとって、およそ予想しないところと見るべきである。すなわち、調停成立以後将来に向っても、一応独立円満な家屋としての使用関係を設定することが両当事者の意思の合理的解釈である。したがって調停において元治郎が取毀しを予定し又控訴人がこれを了承した範囲は、旧家屋のうち、控訴人が住居として賃借した目的を達するのに必要とする範囲(居室および便所のほか、台所、廊下を含む)を除く部分であると解さなければならない。しかるに≪証拠省略≫によれば、元治郎は昭和三二年五月頃旧家屋左側の取毀に着手し、すすんで控訴人が使用していた便所、台所、廊下をも撤去したうえ、控訴人賃借部分南側の壁(それまでは単に旧家屋左側の部分との境をなす内壁にすぎなかった)が外部に面する結果となったのにこれを外壁としての使用に耐える状態に補修することなく取毀作業を終了したものであることが認められるが、前示認定事実によれば元治郎は控訴人に対し前示賃貸借契約の履行として台所、居室等を使用させる義務を負うものとみるべきであるから、控訴人が台所を築造し、正面の壁を補修して窓を設置した行為は本来元治郎がなすべき行為を同人に代って行なったものであって、何ら契約当事者の信頼関係を破壊するものではなく、したがってこれを理由とする右契約解除の意思表示は効力を生じないものである。

次に控訴人がその賃借家屋正面に九尺の窓を開ける工事をなした点について考察する。当審証人小谷津重子の証言によれば、控訴人が右工事をなすに至ったのは従前賃借家屋正面にあった四枚戸が、鴨居等の老朽化のため開閉できなくなったことに原因するものであると認められこれに反する証拠はない。そうだとすれば、ここに窓を開けることが唯一の解決方法であるか否かはしばらくおくとしてもこれについても何らかの形で賃貸人において修繕するべきであったと言わなければならないから、控訴人のなした右工事は右の見地から考察すれば、これも保管義務の違反と呼ぶに足りない。もとより修繕工事といえども賃貸人に申入れ、賃貸人の判断に従ってなすことが本則であるが、控訴人と元治郎との間に先に見たとおりの経緯がある際に、無断で右の程度の工事をなしたからといってこれをしも賃借人の側からする信頼関係の破壊と見るべきでない。

三、次に、予備的解除原因について判断する。控訴人が本件家屋を居宅として借りうけながら、その後珠算塾の教室にその用法を変更したこと、およびこれに伴って六畳間、四畳間および付属押入れ一坪二合五勺を板の間に改造した事実はいずれも当事者間に争いがない。しかしながら、当審証人小谷津重子の証言によれば、控訴人が本件借家において珠算塾をいとなむことにつき、昭和三一年一月頃、元治郎および被控訴人キンが承諾を与えていた事実、および六畳間、四畳間の畳を除去し、この部分を板張りにすることについても、右工事と前後して被控訴人キンが承諾を与えていた事実が、認められ、≪証拠判断省略≫もっとも、元治郎もしくはキンにおいて、控訴人が一坪二合五勺の押入れの建具をはずし、中棚を除去するとともに、その床部分を六畳、四畳とあわせて板張りとしたことについてまでも承諾を与えていたと認めるに足りる証拠はない。しかしながら、当審控訴本人尋問の結果および原審検証の結果によれば右は造作工事の程度で、軽微であり、賃借家屋の返還に際し容易に原状の回復ができる程度のものであることが認められるのみならず、前段認定の通り控訴人が本件家屋を珠算塾として使用することについて、被控訴人先代元治郎および被控訴人青木キンにおいて承諾していたのであるから、その用法に適するように造作等改造をすることは適法行為といえるからこれをもって控訴人の保管義務違反と目するに足りない。

四、以上見たとおり、元治郎および被控訴人らの控訴人に対する賃貸借契約解除権はいまだ発生するに至っていなかったのであるから、元治郎の昭和三五年四月五日の条件付解除の意思表示および被控訴人らの昭和三八年二月五日の原審口頭弁論期日における解除の意思表示はいずれも無効と言わなければならない。

従って解除が有効になされたことを前提とする被控訴人らの本訴請求はいずれも理由がない。

五、次に控訴人の民事訴訟法第一九八条第二項の申立につき判断する。

1、原判決による仮執行の宣言に基づき、昭和三八年九月一四日被控訴人らが本件家屋明渡の仮執行をなし、続いて右家屋を取毀したことは当事者間に争いがない。右家屋の取毀によって原状の回復は不可能となったのであるが、これに代る損害賠償の範囲および額につき争いがあるので、以下において項を分けて判断してゆくこととする。

2、民事訴訟法第一九八条第二項によって仮執行債権者が相手方に賠償すべき損害の範囲は、通常の損害賠償の場合と同様に、仮執行と相当因果関係に立つあらゆる損害を含むものと解することが当事者間の衡平に合致し、第一審における勝訴者と敗訴者の利害の調和をはかるゆえんであるというべきである。ところで控訴人が右仮執行によって失うに至った本件家屋賃借権の内容は、当初は居住の目的のためにするものであったことは当事者間に争いがなく、その後控訴人が珠算塾を開業するについて青木元治郎および被控訴人青木キンが承諾を与えた事実は、さきに認定したとおりである。右承諾によって控訴人が本件家屋使用目的の変更および、それに伴う改修、造作工事の権限を付与されたことは、さきに判断したとおりであるが、さらに右承諾ある以上、被控訴人は、控訴人が本件賃借家屋において珠算塾を営むことにあり、しかるべき収益をなすことを予見しうべきであったと言うことができる。しかるところ、≪証拠省略≫によれば、控訴人はその珠算塾の営業により、昭和三七年一月から同三八年九月までの一年九ヶ月の間に、のべ三、七四三人(月平均約一七八人)の生徒から合計一、七四七、〇五〇円(月額平均約八三、二〇〇円)の月謝収入を得ていたこと、および月別生徒数は、時に減少することもあったが、大勢において増加の傾向にあり、本件仮執行のなされた昭和三八年九月現在二四三名にのぼっていたところ、同年一〇月には、これが大巾に減少し四六名になったことが認められる。また≪証拠省略≫により認められる本珠算塾の従前の実績に照らすと、毎月現在員の一割強の者が翌月退会しているから、昭和三八年九月の現在員が、そのまま翌月以降も維持されるものとは速断できないが、右の事情を考慮してもなお退会者の大部分が塾の移転を理由とするものであることは容易に推認しうるところである。しかも、退会者が発生する一方では、たえず新規入会者を迎えつつ漸時塾の規模が拡大されて来たことは、さきに見た通りであるが、これは偶然の事情によるものというよりは、むしろ、既存の生徒等がその交友関係に塾を紹介しこれに勧誘するなどの方法により実現されるのがこの種の施設の常であると言うことができる。また当審控訴本人尋問の結果によれば生徒数が減少した理由は、珠算塾用店舗を退出されたことにより先生としての信用を失ったこと、後記新たに開設した珠算塾は本件建物よりも遠隔地で通学に不便であり、教室も狭く勉強しにくいことによるものであることが認められ他にこれに反する証拠はない。そうであるとすれば本件仮執行がなかったならば、控訴人は従前通り、すくなくとも毎月平均一七八人程度の生徒から月謝収入を継続して得ることができ、一年九ヵ月分としては金一、七四七、〇五〇円以上の収益をあげ得たであろうことは推認に難くない。しかるに右≪証拠省略≫によれば控訴人は昭和三八年一〇月から同四〇年六月までの一年九ヵ月の間に、八一〇、一〇〇円の収益をあげたにとどまったことが認められ、ここに、控訴人は本件仮執行により右の差額である金九三六、九五〇円の得べかりし利益を失ったものというべきである。

3、次に≪証拠省略≫によれば、控訴人が、昭和三八年九月一六日杉並区井荻二の三二番地に珠算塾新設のため店舗一棟を、中野区東郷町に居宅としてアパートの一室を各賃借し、同日右珠算塾用店舗の権利金として金一〇〇、〇〇〇円および右居宅用アパートの謝礼金として金三〇、〇〇〇円をそれぞれ支払い、右珠算塾用店舗につき昭和三八年一〇月一日から昭和三九年六月末日まで一ヶ月一五、〇〇〇円の割合で計金一三五、〇〇〇円を、右居宅用アパートにつき昭和三八年九月一六日から昭和三九年六月末日まで一ヶ月七、〇〇〇円の割合で計金六六、五〇〇円をそれぞれ賃料として支払った事実ならびに家財道具の運搬費として金五、〇〇〇円ならびに同保管料として金一九、〇〇〇円を費した事実を認めることができる。ところで、前記店舗およびアパートの賃料として支払った金額は合計金二〇一、五〇〇円であるが、この期間(昭和三八年九月十五日から昭和三九年六月末日まで)控訴人は本件家屋の賃料月金一、二〇〇円の割合で九ヶ月分と半月分計金一〇、八〇〇円の支払を免れたから、前者から後者を控除し、これに右運搬料および保管料を加えると合計金三四四、七〇〇円となり、控訴人は本件仮執行に因り同額の損害を蒙ったものと認められ、当審証人小谷津重子の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

4、被控訴人らは、控訴人が本件仮執行に対し、その停止を申立てなかったことに過失があるものとして、過失相殺を主張するのでこの点について判断する。控訴人は原審においては昭和三六年一〇月二四日以後は本人自身で訴訟を遂行していたものであること、原判決は昭和三八年八月二九日にその言渡がなされ、同年九月一一日控訴人に送達されたこと、および、同月一三日に控訴人は控訴代理人に訴訟委任をなしていることは、当裁判所に顕著な事実である。右のような状況下で昭和三八年九月一四日原判決の仮執行がなされたのであるが、このような場合、法律専門家でない控訴人が適切な手続によって仮執行を避けることを期待することは通常の場合難きを強いるものであるし、又控訴代理人が委任を受ける際、相当な注意を払ったとしても、右仮執行を停止する措置をとる時間的余裕が充分にあったとは認められない。従って控訴人の過失ありとする被控訴人らの主張は理由がない。

5、右2および3に見たとおり、控訴人は本件仮執行に因り合計金一、二八一、六五〇円の損害を蒙り、被控訴人らに対し同額の損害賠償請求権を有するから、その範囲内である金一、二六〇、〇五〇円の支払を求める控訴人の申立はすべて理由がある。

六、よって、被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は失当であるからこれを取消し、被控訴人らの本訴請求を棄却し、控訴人の申立による損害賠償請求についてはすべてこれを認容し、訴訟費用につき、民事訴訟法第九六条、第八九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山要 裁判官 西川豊長 山口忍)

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